大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和33年(行ナ)13号 判決

原告 山口作次

被告 宮本富吉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨および原因

原告訴訟代理人は、特許庁が昭和三十年抗告審判第一、四二一号事件について昭和三十三年二月二十八日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、請求の原因として次のとおり主張した。

一、原告は特許第一九七、四三三号高周波電気ミシンに於ける接着縫合装置の特許権者であるが、被告は右特許発明に模した別紙(イ)号図面およびその説明書に示す高周波電気ミシンに於ける接着縫合装置を製作販売しているので、原告は昭和二十九年五月二十四日に特許庁に対して第一九七、四三三号特許権利範囲確認審判の請求をし、該請求については、昭和二十九年審判第二〇二号事件として審理の結果、昭和三十年五月十一日附をもつて、「(イ)号図面及びその説明書に示す高周波ミシンに於ける接着縫合装置は第一九七、四三三号特許の権利範囲に属する。」との、原告有利の審決がされた。しかるに、被告は右審決に対する抗告審判の請求をし、昭和三十年抗告審判第一、四二一号として特許庁に係属したが、昭和三十三年二月二十八日に至り、特許庁は、「原審決を破棄する。(イ)号図面及びその説明書に示す高周波ミシンに於ける接着縫合装置は第一九七、四三三号特許の権利範囲に属しない。」との審決をし、右審決書の謄本は同年三月二十二日原告に送達された。

二、(一) 原告の有する前記特許第一九七、四三三号の発明は、その明細書に示すとおり、「高周波電気ミシンに於て二個の電極用ローラーの大なる一方のローラーの外周縁に輪状の護謨様物質を側当鈑に依り支持し更に其の外周に燐銅線類に依り作製する円形又は楕円形コイルのスパイラルスプリングを嵌装し該スパイラルスプリングに他の一の金属ローラーを添接押圧し押圧部を圧縮凹面に変形して線状又はリボン状に接触せしめて接着縫合為さしむることを特徴とする高周波電気ミシンに於ける接着縫合装置」であることをその要旨とするものであつて、これを更に明細書によつて具体的に説明すると、大なるローラーすなわち下部ローラーは高周波電気損失の少なきアクリル樹脂又はエボナイトにて作製した絶縁体の中央に回転軸を固定し環状の側鈑を絶縁体の外周両側部に取付け該側鈑内に絶縁体の外周縁に接して輪状の護謨様物質を嵌合しさらにその外周に燐銅製のスパイラルスプリングを嵌装し前記側鈑にて輪状の護謨およびスパイラルスプリングを挟持せしめ、この大なるローラーの上に小なる金属ローラーを添接押圧し押圧部に圧縮凹面を形成せしめて接着面を矩形となし接触面積を大ならしめたものである。

(二) 次に、被告の製作販売するものは、別紙(イ)号図面およびその説明書に示す通りの高周波電気ミシンにおける接着縫合装置であつて、大小二つの輪で構成され、小輪(甲)は金属製で大輪(乙)の外周縁を押圧して凹形を呈するように接触せしめられ、而うして大輪は駆動軸(7)に取付けたる絶縁物製輪(1)の両側外周縁寄りに金属側環(2)(2)を螺子(3)により螺着し該両側環(2)(2)の内側にゴム環(5)を嵌装し該ゴム環を跨いでその全外周面に脚端を稍外方に屈曲せしめたる鎹形金属小片(6)を並べその脚端を前記両側環(2)(2)の内側周縁に設けたる溝(4)に嵌挿して構成されている。而うして小輪(甲)の外周を大輪(乙)の外周端面すなわち並列されたる鎹形小片(6)上に添接押圧するものであるから、該圧力により並列小片(6)の裏面にてゴム環(5)の上面を押圧することになり、並列小片及びゴム環(5)の押圧されたる部分は凹み、両輪は圧縮凹面を形成して接触面は矩形となり、接触面積は大となる。かかる両輪間にビニール皮膜を挟み、大輪(乙)を駆動すると共に通電すれば、両輪間に高周波電界が形成され、ビニール皮膜内部に熱を生じて接着縫合が行われ、その際鎹送金属小片はローレツトの作用をなすものである。

(三) よつて、本件特許発明の接着縫合装置と(イ)号図面およびその説明書に示す接着縫合装置とを対比すると、

(イ)  大小二つの電極用ローラーがその接触面において凹形を呈するごとく添接されていること、

(ロ)  大形ローラーの回転軸に取付けられるべき絶縁体輪を有すること、

(ハ)  (ロ)の絶縁体輪の外周に沿い両側に環状の金属側鈑を有すること、

(ニ)  環状金属側鈑の内側で絶縁体の端面にゴム環が嵌装されてあること、および、(ト)小形ローラーは金属製であることは、両者共通であり、ただ、

(ホ)  前者は、ゴム環の上に環状のスパイラルスプリングが嵌合されてあるのに対して、後者は、ゴム環の上にその全周にわたつて鎹形の金属小片が並列されその両脚端を外方に曲げてこれを環状金属側鈑の溝に嵌挿してあること、および

(ヘ)  前者は、環状の両側鈑はゴム環およびスパイラルスプリングを挟持しているのに対して、後者は、環状の両側鈑はゴム環及び並列金属小片を挟持していること

の差があるのみであり、要するに両者は、後者が前者のスパイラルスプリングの代りに並列せる鎹形金属小片を設けた点において差異を有するに過ぎず、その他の構成は全く同一である。

(四) また、両者は、その作用効果を比較して見ても、後者の並列せる鎹形金属小片は、前者のスパイラルスプリングと、(イ)小輪(甲)―前者の小型ローラー―にて下部の大輪(乙)―前者の大型ローラー―を押圧すればその力を受けそのまま下方のゴム輪を押圧して両輪―前者の両ローラー―の接触部は凹形となり矩形面積をもつて接触する点、及び(ロ)ともにローレツトの作用をなす点において共通であり、ただ(ハ)前者にあつてはスパイラルスプリングを使用するため組立が簡単であるのに反して、後者においては金属小片を並列するため組立が面倒である、の差異はあるが、両者はその作用効果において、何ら異なるところがない。

(五) かように、(イ)号図面およびその説明書に示す高周波電気ミシンに於ける接着縫合装置において、本件特許発明におけるスパイラルスプリングの代りに並列せる鎹形金属小片を使用したということは、装置全体から見れば設計上の微差であつて、前者は後者の権利範囲に属するものである。

三、前記抗告審判の審決は、したがつて、次の点において違法であつて、取り消さるべきである。

(一)  審決は、スパイラルスプリングを設けた点を本件特許発明の構成の一つの要件であると認定しながら、「円形又は楕円形コイルのスパイラルスプリングを採用した点は本件特許発明の必須不可欠の構成要件であり、」と認定し、本件特許発明からスパイラルスプリングのみを取り出し、これを鎹形金属小片と比較して、同効の均等物でないから(イ)号図面およびその説明書に示す高周波ミシンに於ける接着縫合装置は本件特許の権利範囲に属しない、となし、他の重要なる構成要件について何ら審理するところがない。

本件特許の出願前においては、電極用の二個のローラーはいずれも剛体で造られ、その一方の端面に歯形の凸凹を設けたものが多く、両ローラーの接触面は皮膜の進行方向に対して点接触するのみで接着が完全に行われない欠点があつた。本件特許発明はこれを改良し、大型ローラーの両側に環状の金属側鈑を当て、該側鈑間にゴム環を嵌合し、このゴム環の上に環状のスパイラルスプリングを嵌装し、ゴム環の弾性を利用して小型ローラーが大型ローラーに押圧された時押圧部を圧縮凹形に変形せしめ、もつて両ローラーの接触面を矩形となし、接触面積を従来のものより大ならしめ、接着効果を増大せしめたことを特長とするものである。したがつて、スパイラルスプリングのみならず、両側に環状の金属鈑を設けること、ゴム環を嵌合すること、両ローラー間に押圧によつて凹形の接触面を形成せしめること等も、本件特許発明の重大なる構成要件である。しかるにスパイラルスプリングのみを発明構成の必須要件とみなし、他の発明構成要件の全体について審理しない審決は審理不尽と云わざるを得ない。

(二)  また、審決は、スパイラルスプリングと並列せる鎹形金属小片とを比較するに当つて、「本件特許発明においてはスパイラルスプリングの弾性とその下部にあるゴム様物質の弾性とが相俟つてその目的を達成する凹面形成の要因となることは明らかであつて、此点後者は何等弾性のない独立した鎹形金属小片がその下方にあるゴム環の弾性のみによつてその凹面形成が行われるものであることを考えると、凹面を形成する要因は本質的に両者の間に明確な差異のあることを否定することはできない。即ち前者は二つの構成部分の弾性が相補つて、いなむしろ相干渉してその凹面形成の要因となるが、後者はゴム環の弾性のみによつて凹面形成の要因となるので、それ自体に弾性を具有するスパイラルスプリングとそれ自体に弾性の全く認められない鎹形金属小片とでは重要なる凹面形成効果に著差なしとすることはできないから、この両者が同効の均等物であるとすることはできない。」と説示しているが、これは本件特許発明の実体に触れない皮相的独断による解釈を下したものと云わざるを得ない。すなわち、本件特許発明における燐銅線スパイラルスプリングは、その縦方向には弾性を現わすが、その横方向の弾性はきわめて微弱でゴム弾性の数十分の一に過ぎず、しかもこの場合スパイラルスプリングは両側金属鈑間に間隙なく挿填されているので、横方向に弾性を示すことはない。すなわち、円形のスパイラルスプリングを使用した場合、これが押圧によつて楕円形になるとか、また楕円形のものが更に扁平の楕円形になるとかいうことはなく、単に可撓性を示すに過ぎない。しかるに、審決は、本件特許発明の装置における凹面形成の要因について前記のごとく全く明細書に記載のない独善的説明を加えているが、スパイラルスプリングの横方向にほとんど弾性を有しないこと前記のとおりであるので、本件特許発明の装置における凹面形成の要因は主としてゴム環の弾性によるものである。而うして、並列せる鎹形金属小片はスパイラルスプリングを縦断した半分の円弧状片に相当するものであつて、これをゴム環上に並列した場合の凹面形成の要因はゴム環によるものであるから、スパイラルスプリングと並列せる鎹形金属小片とは一見形状は異なるが、凹面形成の要因は同一であり、またローレツトの作用をなすことにおいても同一であるから、両者は同効の均等物であると云わなくてはならず、これをしからずとなした審決は違法であつて、取り消さるべきである。

(三)  審決においては、また、「スパイラルスプリングを使用しなくても明細書記載の作用効果を奏するものであるとするならば、これを示唆するに足る何等かの記載をその明細書中に為すべきであつて、本件特許発明の出願人がこれを怠つている以上、スパイラルスプリングを乙(抗告審判被請求人)が主張するように拡大して解釈すべきではなく、スパイラルスプリングそのものが本件特許発明を構成する必須要件を為すものと断ずるを相当としなければならない。」と説示しているが、この解釈によれば、明細書中に記載されていないものには模造物であつても権利は及ばず、それに記載してあるものだけが権利範囲である、ということになり、従来均等の作用効果を奏するものは均等物または類似物として権利範囲に入るとされていた経験則をくつがえすものであつて、とうてい承服し得ない。

よつて、本件審決を取り消す旨の判決を求める。

四、なお、被告の主張に対して、

(一)  本件特許明細書中にスパイラルスプリングに関する記述がいかに多くとも、これをもつて直ちに円形または楕円形コイルのスパイラルスプリングを使用することが本件特許発明構成の絶対的必須要件であるとすることはできない。

けだし、旧特許法施行規則(昭和三十五年三月八日通商産業省令第一〇号によつて廃止された大正十年農商務省令第三十三号をいう。以下同じ。)第三十八条において、特許請求の範囲には発明の構成に欠くべからざる事項のみを記載することになつているところ、本件特許請求範囲にはスパイラルスプリングのみならず他の構成要件についても記載してあり、発明の詳細なる説明の項中にはスパイラルスプリングを設けた点が新規であつて、他の構成要件は公知であると解釈し得るような記載は存在しない。

被告は、その作用効果が明細書中に説明されていないものは発明の絶対的構成要件となり得ない、と主張するが、出願人は、旧特許法施行規則第三十八条の規定に準拠して、発明の構成に欠くべからざる事項のみを特許請求の範囲に記載するのが普通であるから、特許請求の範囲に記載された発明構成要件にしたがつて製作されたものが、その構成によつて必然的に生ずる作用効果について、たとえこれが発明の詳細なる説明の項に説明されていなくても、これを無視することはできない。

本件特許発明の特許請求の範囲には発明構成要件を明確に記載してあり、それはまた、発明の性質及び目的の要領の項にも、発明の詳細なる説明の項にも、明記してある。本件発明はその構成要件の一を欠如しても高周波電気ミシン接着縫合装置として完全な機能を発揮することができず、スパイラルスプリングのみを発明構成の必須要件と断定することは不合理である。

(二)  スパイラルスプリングと鎹形金属小片とがその形状、組立において差異のあることは、原告もこれを認めるにやぶさかでないが、その作用効果、すなわちローラーの接触面に凹面を形成して線状またはリボン状の接着を行う点においては両者全く同一であり、(イ)号図面およびその説明書に示す縫合装置は、本件特許発明の模造品に過ぎないものである。

被告は、本件特許発明の他の構成要件、すなわち、前示二、(三)の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)および(ト)の各点は本件特許出願前公知であると主張するが、原告は(イ)(ハ)(ニ)の各点が公知であるということを否認する。

また、本件特許発明の明細書には、被告の主張するごとくスパイラルスプリングの弾性を利用して凹面形成を行わしめるというような説明はどこにも記載されておらない。本件特許発明の接着縫合装置は特許請求の範囲に記載する発明構成要件によつて構成せられ、この構成によつて生ずる効果が凹面形成であつて、それがスパイラルスプリングの弾性によるものでなく、主としてその下にある環状ゴムによるものであることは、本発明の実施品(検甲第一号証)によるも明らかである。したがつて、原告は凹面形成の要因は本件発明の接着縫合装置も、(イ)号図面およびその説明書に示すそれも同一であることを主張するものである。

本件特許発明において、輪状のゴム様物質は、被告の主張するように絶縁を主目的とするものでなく、絶縁性と弾性とを利用するものであることは、絶縁のみを目的とするならば中心の絶縁体の直径を少しく大にすれば足りるのに、中心の絶縁体とは別にことさらゴム様物質を嵌装することに徴しても明らかである。被告はスパイラルスプリングが弾性を有することの先入観にとらわれて本件発明はスパイラルスプリングの弾性を利用するものであると独善的解釈を下しているが、本件発明において両側鈑の間に挟まれ輪状ゴムの上に嵌装されたスパイラルスプリングは上部ローラーによつて押圧された圧力を自ら歪むことがないから自然に輪状ゴムに伝えざるを得ず、したがつて凹面形成に役立つものは主として輪状ゴムの弾性によるものである。実際問題としてもスパイラルスプリングのみでは凹面形成の効果は生じない。

第二答弁

被告訴訟代理人は、主文通りの判決を求め、次のとおり答弁した。

一、原告がその主張の特許の権利者であり、被告が製作販売している別紙(イ)号図面およびその説明書に示す高周波電気ミシンに於ける接着縫合装置につき、その主張の権利範囲確認審判の請求をした結果、その主張の経過によりその主張の抗告審判の審決がされ、その審決書の謄本が原告主張の日に原告に送達されたことおよび(イ)号図面およびその説明書に示す高周波電気ミシンに於ける接着縫合装置の構造に関して原告の主張する点は認めるが、その他の原告主張はすべてこれを争う。

二、およそ、特許発明の解釈は、その特許明細書中の特許請求の範囲に記載されるところを中心として観察判断すべきであり、更にこの特許請求の範囲は、特許明細書の全文を照合して解釈すべきである。特許を受くるの権利は発明者に属する固有の請求権であり、発明者(出願人)の意思が第一に尊重さるべきであるから、特許発明の権利範囲も、出願人の意志の表現である特許明細書の記載によつて決定されるのは当然といわねばならないであろう。特許明細書の作成に特別の技術と経験とが要求されるのも、この理由によるにほかならない。結局特許発明の権利の及ぶべき巾(範囲)は出願人自身が明細書を介して表現するところに帰着するのであつて、明細書の全文を冷静かつ忠実に解釈判断することこそ、真実に通ずるものであるといわなければならない。

本件特許発明においても、その特許明細書の随所に記載されている、円形又は楕円形コイルのスパイラルスプリングの文字と、これに関連する多くの記載とを綜合観察することによつて、前記スパイラルスプリングが本件特許発明の絶対的必須要件であり、当該スパイラルスプリングを具えていない(イ)号図面およびその説明書に示す高周波電気ミシンに於ける接着縫合装置は本件特許の権利範囲に属しないことが分明になるものと確信する。

三、(一) 原告は、審決が円形又は楕円形コイルのスパイラルスプリングを採用した点をもつて本件発明の必須不可欠の構成要件となし、このスパイラルスプリングと鎹金属小片とを比較して同効の均等物でないから(イ)号図面及びその説明書に示す接着縫合装置は本件特許の権利範囲に属しないとし、他の重要なる構成要件について審理するところがないのは違法である、としてるる論難するが、本件特許発明から円形又は楕円形コイルのスパイラルスプリングを取り除けば何が残るであろう。また、本件特許発明において円形又は楕円形コイルのスパイラルスプリングを採用しないときは、どのような作用と効果とを奏するであろうか。そのときは、明細書に記載される作用と効果とは絶対に期待できないのである。スパイラルスプリングが本件特許発明構成の絶対的必須要件であることは、この点よりするも明らかであるのみならず、本件特許明細書中、円形又は楕円形コイルのスパイラルスプリングに関する記載部分が明細書全文において占める比重から推考しても、当該スパイラルスプリングが本件特許発明構成の絶対的要件であることは否定することができない。

ことに、高周波電気ミシンに於ける接着縫合装置は本件特許発明に始まるものでなく、その特許出願前から多様に実施されていたものであるが、本件特許発明は、円形又は楕円形コイルのスパイラルスプリングを採用したことによつて、従来のローラーの点接触を線状又はリボン状接触に変更する等従来不可能であつた作用効果を奏し得ることが明細書中随所に記載されているのであるから、該スパイラルスプリングこそ本件特許発明構成の絶対的必須要件であり、この部分が発明の骨子であることを余すところなく表現したものであるといわなくてはならない。

(二) ひるがえつて、本件特許発明と(イ)号図面および説明書に記載する接着縫合装置とを比較すると、前者が燐銅線類により作製する円形又は楕円形コイルのスパイラルスプリングを使用しているところを後者はこれを脚端を稍外方に屈曲させた鎹形金属小片をゴム環の全外周面にわたり並べている点に差異があるだけで、その他の点は一致している。しかし、原告が前者と後者とを比較して両者共通であると主張する(請求原因二、(三))、(イ)(ロ)(ハ)(ニ)及び(ト)の各点のごときは、高周波電気ミシンの接着縫合装置としては普通のことであり、前者の特許出願前より公知に属することである。いわんや材料の転移などに過ぎないことなどは、それ自体発明を構成するものでないこと、多言を要せずして明らかである。のみならず、前者においては円形のスパイラルスプリングの弾性とその下部にあるゴム様物質の弾性とが相まつてその目的達成の要因となるのに反し、後者は何ら弾性のない、独立した鎹形金属小片がその下方にあるゴム環の弾性のみによつて、その凹面形成が行われるものであるから、両者は凹面を形成する要因において、本質的に異なるものである。別言すれば、両者はその構想の根本において相違するのはもちろん、構造および作用効果においても大きな違いがあるものであり、かように顕著な差異のあるものを目して、設計的変更というがごときは、設計的変更の意義の乱用というべきで、採用さるべき筋合ではない。

要するに、本件審決はきわめて適法妥当であつて、原告の主張するような違法性は存在しない。

四、なお、原告は本件特許明細書中特許請求の範囲に記載されている事項の全部が本件特許発明の構成要件をなすものだと主張するが、旧特許法施行規則第三十八条の法意は、特許請求の範囲の記載が明細書特に発明の詳細なる説明と離れて存在することを意味するものではなく、発明の詳細なる説明の中から発明の構成に欠くべからざる事項を抽出抜萃せよとの趣旨に外ならない。したがつて、明細書中の発明の性質及び目的の要領の項か、或いはまた発明の詳細なる説明の項にその作用効果の記載されていないものは、たとえ特許請求の範囲に記載されていても、その記載は単に発明の要旨を明確化する手段として、これに関連する事項を明示したに過ぎないのであつて、発明の要旨のごとく見え、実はそうでないものである。故に特許請求の範囲に記載されている事項は、明細書中にその部分に対するそれ自身の作用効果か、または他の部分との関係における作用もしくは効果の記載のあることにより、始めて特許発明の絶対的構成要件であるというべきであつて、特許請求の範囲に記載された一字一句が個々に発明の構成要件をなすものと解すべき絶対性を有するものではない。

本件特許発明における輪状ゴム製物質は電導の絶縁を主目的とするものであつて、スパイラルスプリングとの相関性によつてこの種縫合装置としての効果を可能ならしめるものではなく、スパイラルスプリングを使用すれば絶縁体がゴムであると否とに関係なく、スパイラルスプリングは自己の有する弾力性によつて明細書に記載される効果を奏し得るのである。このことは本件特許明細書中に、ゴム物質を使用することによるスパイラルスプリングとの相関性につき一言半句も言及されていない事実に徴しても明白であるばかりでなく、また電導絶縁装置としてゴム物質を使用することは、証明を要しない顕著な事実であるから、本件特許発明が輪状ゴム物質を発明構成の要件としないことは、容易に理解されるところである。本件特許発明においては、たまたまゴム製物質を絶縁体に使用したという材料の転移に止まり、その発明の絶対的構成要件はあくまでもスパイラルスプリングを使用する点に存する。すなわち、(イ)号図面の縫合装置は絶縁体としてゴム物質を使用することにより始めて凹面を形成するものであるのに反し、本件特許発明はゴム物質には無関係にスパイラルスプリング自体によつて凹面を形成するものであり、その明細書の記載を逸脱して権利範囲を確定することは、不当である。

第三証拠〈省略〉

理由

一、原告は特許第一九七、四三三号高周波電気ミシンに於ける接着縫合装置の特許権者であるところ、被告が製作販売する別紙(イ)号図面およびその説明書に示す高周波電気ミシンに於ける接着縫合装置について、昭和二十九年五月二十四日に右特許権利範囲確認審判の請求をし、同年審判第二〇二号として、昭和三十年五月十一日附で、「(イ)号図面及びその説明書に示す高周波ミシンに於ける接着縫合装置は第一九七、四三三号特許の権利範囲に属する。」との審決を得たが、被告はこれに対して抗告審判の請求をし、昭和三十年抗告審判第一、四二一号として審理の結果、昭和三十三年二月二十八日に、「原審決を破棄する。(イ)号図面及びその説明書に示す高周波ミシンに於ける接着縫合装置は第一九七、四三三号特許の権利範囲に属しない。」との審決があり、右審決書の謄本は同年三月二十二日原告に送達されたことは、当事者間に争がない。

二、原告の有する前記特許第一九七、四三三号の発明の要旨は、高周波電気ミシンにおいて、二個の電極用ローラーの大なる一方のローラーの外周縁に輪状のゴム様物質を側当鈑により支持し、さらにその外周に燐銅線類により作製する円形又は楕円形コイルのスパイラルスプリングを嵌装し、該スパイラルスプリングに他の一の金属ローラーを添接押圧し、押圧部を圧縮凹面に変形して線状又はリボン状に接触せしめて接着縫合なさしめることを特徴とする、高周波電気ミシンにおける接着縫合装置であることに存することは、成立に争のない甲第一号証の右特許の明細書中、特許請求の範囲の記載に徴して明白であり、その発明の性質および目的とする作用効果としては、右発明は、高周波電気ミシンにおいて大小二つのローラーを使用し、その間にビニールシート等を狭みローラーを圧着しつゝ回転し、同時に高周波電気を通じてビニールシート等の鎔着を連続的になさんとするものであつて、前記の特徴を有する接着縫合装置にかゝり、その目的とするところは、従来のローラーの点接触を線状又はリボン状接触に変更し、高周波電気の通路と時間を増し、かつ移動変化率を減少してスパークによる焼損を少なくし、接着を高速確実にし、直線的又は曲線的接着を自由に行わしめんとするにあること(明細書中、発明の性質及目的の要領の項)、また、右発明は、単に二個の固体ローラーを使用するときは、接着部が進行方向に点接触となり、所期の効果をあげ得んため一方をベルト式にすれば、線状又はリボン状接触となし得るが、構造の不便と金属ベルトの材料の耐久性不備等の理由により実施不可能なるため、スパイラルスプリングを大型ローラーに装置して回転進行方向に線状又はリボン状接触をなさしめて、高速確実に直線状又は曲線状にビニールシート等を接着縫合せしむることを特徴とするものであること(同、発明の詳細なる説明の項)が、右甲第一号証により認められる。本件発明の特許明細書中、これらの記載を通覧するときは、二個の電極用ローラーの大なる一方のローラーの外周に燐銅線類により作裂した円形又は楕円形コイルのスパイラルスプリングを嵌装することは、本件発明の内容である技術的思想を構成するものと考えるのが相当であり、前示甲第一号証の明細書中、図面について本件発明の構成、作用・効果および実施の態様について説明してある部分をみても、それらはすべてスパイラルスプリングに関連して開示されているのでスパイラルスプリングは少なくとも本件発明の構成に欠くべからざる事項の一を成すものといわざるを得ない。(原告主張の設計変更、あるいは均等物の点についてはのちに判断する。)

三、次に被告の製作販売する別紙(イ)号図面およびその説明書に示す高周波電気ミシンにおける接着縫合装置は、大小二つの輪で構成され、小輪(甲)は金属製で大輪(乙)の外周縁を押圧して凹形を呈するように接触せしめられ、大輪は駆動軸に取付けた絶縁物製輪(1)の両側外周縁寄りに金属側環(2)(2)を螺子(3)により螺着し該両側環(2)(2)の内側にゴム環(5)を嵌装し該ゴム環を跨いでその全外周面に脚端をやゝ外方に屈曲させた鎹形金属小片(6)を並べその脚端を前記両側環(2)(2)の内側周縁に設けた溝(4)に嵌挿して構成されており、而うして小輪(甲)の外周を大輪(乙)の外周端面すなわち並列された鎹形小片(6)上に添接押圧するものであるから、該圧力にり並列小片(6)の裏面でゴム環(5)の上面を押圧することになり、並列小片及びゴム環(5)の押圧された部分は凹み、両輪は圧縮凹面を形成して接触面は矩形となり、接触面積は大となること、かかる両輪間にビニール皮膜を狭み、大輪(乙)を駆動すると共に通電すれば、両輪間に高周波電界が形成され、ビニール皮膜内部に熱を生じて接着縫合が行われ、その際鎹形金属小片はローレツトの作用をなすものであることについては、当事者間に争がない。

そこで、原告の有する本件特許発明の装置と、被告の製作販売する(イ)号図面およびその説明書に示すものと比較するのに、両者は大小二個の電極ローラーより成る高周波電気ミシンにおける接着縫合装置であつて、大きいローラーの外周縁にゴム環を側当鈑により支持し、このゴム環の外周全面にわたつて並設された金属体が金属製の小さいローラーに押圧されて凹面に変形し、リボン状の接触部を形成するように構成されている点において一致しているけれども、ゴム環の外周に並設された金属体が本件特許にあつては円形又は楕円形コイルのスパイラルスプリングであるのに対し、(イ)号のものにあつては多数の密接した鎹形金属小片である点において相違する。すなわち(イ)号の装置は本件特許発明の不可欠の構成要件の一であるスパイラルスプリングを欠如するので、本件特許の権利範囲には含まれないものといわなくてはならない。

四、原告は本件特許発明や別紙(イ)号図面およびその説明書に示すもののような高周波電気ミシンにおける接着縫合装置につき、スパイラルスプリングの代りに並列せる鎹形金属小片を用いるということは、設計上の微差であるに過ぎないから、(イ)号のものは本件特許の権利範囲に属する。と主張する。しかし、一般に設計とは、ある要求があり、それを満足する具体的手段を考案することであるが、これを特許についていえば、当該発明の要旨とする技術的思想を、公知の手段により、時には新規の手段によつて具体化することを意味するものであつて、その手段を均等物の置換(材料の変換)または常用技術の転換によつて他の手段に変えることが、正当な意味におけるその発明の設計変更であるというべく、いかように設計変更されても、当該発明思想の具現されたものである以上、その権利範囲に属することについて異論をみないところである。これに反し、当該発明思想に包含されないものは、たとえこれから設計的に発明力を要せずしてみちびき出されるものであつても、その発明の権利範囲に属するということはできない。けだし、あるものがある特許権の範囲に属するかどうかは、それがその発明の内容とする技術的思想に含まれているかどうかの問題であつて、その発明から発明力を要することなく容易に実施できるかどうかの問題とは、明らかに区別して考うべきであるからである。

ところで本件特許発明の装置においては、円形又は楕円形コイルのスパイラルスプリングを使用することがその発明の内容となつていること、特許権者が自己の発明であるとしてこれを開示している特許明細書の記載に徴して明白であるから、これを代えるに鎹形金属小片をもつてした(イ)号の装置を、設計上の微差であつて、本件特許の権利範囲に属するものということはできない。

原告は、また、本件発明における燐銅線類で作製した円形又は楕円形コイルのスパイラルスプリングと(イ)号図面およびその説明書に示す装置における鎹形金属小片とは同効の均等物である、とも主張する。

およそ、同効の均等物であるというためには、当該発明の目的を達成する上において、その置換がなんら本質的な差異をもたらさないこと、換言すれば、目的達成の手段として、またその奏する作用効果の点において、本質的に同一であることを失わないものであることを必要とするとともに、さらに当該技術の分野において通常の知識を有するものが、そのことを知り、または当然に知り得べかりしものでなければならない、と考うべきである。しかるに、本件特許発明におけるスパイラルスプリングについて、甲第一号証の明細書中、とくにスパイラルスプリンリングの弾性によつて凹面が形成される旨の記載はないが、主としてゴムの弾性によるという記載も亦ないのであつて、かえつて特許請求の範囲に「円形又は楕円形コイルのスパイラルスプリング」とあり、発明の詳細なる説明中にも凹面形成に関連して終始「スパイラルスプリング」又は「楕円形コイルスプリング」と、必ず「スプリング」の語を用いているところをみれば、本件発明はその弾性を利用せんとしたものであり、それが何らかの形で凹面形成・リボン状接触に寄与することを期待したものであると解するに難くない。

そして、スパイラルスプリングの呈する弾性について考えるのに、その伸縮およびねじりは本件発明に関係がなく、本件発明における凹面形成に関係があるものは彎曲に対する弾性とコイルの断面変形に対する弾性とであつて、本件発明におけるスパイラルスプリングはこのような弾性を有するものの意であると解される。すなわち本件発明は、スパイラルスプリングの弾性とゴムの弾性とが相まつて凹面を形成するように工夫したものであると解するのが相当であり、いかなる意味においても弾性のない鎹形金属小片を使用した(イ)号の装置とは凹面形成の要因を異にするものといわなくてはならない。そして、この両者の相違をもつて本質的のものでないとすることは、とうていできない。

本件発明のスパイラルスプリングと(イ)号の装置の鎹形金属小片とは、その作用効果において本質的に全く同一のものとはみられないこと、前説示のとおりであるのみならず、原告は本件においてスパイラルスプリングを使用すれば組立が簡単であるが、金属小片を並列することは面倒である、といつて、前者の後者よりすぐれている点を主張するほか、両者が均等物として当該技術の分野において通常の知識として知られ、または知り得べかりしものであることについて何ら証明するところがない。この点においても両者を同効の均等物であるとする原告の主張は採用することができない。

五、原告が本件発明の経過において、スパイラルスプリングの代りゴム環上に鎹を並列した構造を意識したかどうかは別にして、本件特許明細書にはこれを採択しなかつたものであるから、(原告が本件発明の目的を達成する手段として並列せる鎹形金属小片よりも本件のスパイラルスプリングをまさつていると考えていることは、前記の原告の主張自体によつても明らかである。)これにつき特許の権利を主張することができないこと、両者に設計上の変更又は同効の均等物の関係のみとめられない以上、当然であるといわなくてはならない。

本件抗告審判の審決の認定は、原告がその内容として指摘するとおりであつて、要するに、本件発明が円形又は楕円形コイルのスパイラルスプリングを採用した点を本件特許発明の必須不可欠の要件であるとし、また本件特許発明においてはスパイラルスプリングの弾性とその下部にあるゴム様物質の弾性とが相まつて凹面形成の要因となるので、(イ)号の装置における何ら弾性のない独立した鎹形金属小片がその下方にあるゴム環の弾性のみによつて凹面形成が行われるものであるのと、凹面形成の要因に本質的に明確な差異があり、両者を同効の均等物であるとすることはできず、単なる設計変更と認めることもできない、というにあることは、成立に争のない甲第四号証(右審決書謄本)に徴して明白である。右見解は前記当裁判所の判断と一致し、審決がこれをとるについて何ら違法不当のかどを見出すことができない。

原告は、審決は本件特許発明の構成要件中スパイラルスプリングのみを取り出し、他の重要なる要件について審理していないのは違法である、と主張するが、審決は本件発明と(イ)号のものとの全体を比較し、異なるところはスパイラルスプリングか並列鎹形金属小片かの点のみであるとし、この差異が存することにより、爾余の点において一致していても、なお後者を前者の権利範囲に属するものとすることはできない、としたものであつて、その判断の正当であることは、前に説示したとおりであるから、原告の右主張も理由がなく、その他前認定に反する原告の主張はすべて採用することができない。

よつて、本件審決の取消を求める原告の請求を理由のないものと認め、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 内田護文 原増司 入山実)

(イ)号図面

高周波電気ミシンに於ける接着縫合装置

第1図〈省略〉

第2図〈省略〉

(イ)号図面説明書

名称 高周波電気ミシンに於ける接着縫合装置

図面の略解

第一図は接着縫合装置に於ける乙輪の上半縦断側面図、第二図は甲乙両輪を組合せたる時甲輪が乙輪端面と甲輪端面に沿いたる凹陥面にて接触し居る所を示す正面図である。

構造作用の説明

甲輪は乙輪に比し直径小なる金属輪で上下に任意に動き且つ適宜の圧力にて乙輪端面を押圧し得るものである。

乙輪は適宜の大なる直径に作られ、駆動軸(7)に取付け得る絶縁物製輪(1)の外周縁寄りに金属環(2)(2)を螺子(3)により螺締し得べくし、該両環(2)(2)の各内側に溝(4)が穿設してある。又両環(2)(2)間にゴム環(5)が嵌装せられ、該ゴム環を跨ぎてその脚端を稍外方に屈曲せしめたる鎹形金属小片(6)を前記ゴム環の全外周面に亘り並べ、夫等の脚端を前記溝中に在らしめ、鎹形小片が外れぬようにしてある。

乙輪の作用は甲輪の外周を乙輪の外周端面即ち鎹形小片(6)の上に添接押圧せしむれば、該圧力により小片(6)の裏側にてゴム環(5)の上面を押圧する事となる故ゴム環の押圧されたる部分は凹み、甲輪と乙輪の接触面は甲輪の端面幅に相当する矩形面積となる。而して小片(6)を並べし事によりローレツトを形成せしめている。

斯る甲乙輪間にビニール膜等を鎹み、乙輪を駆動せしめると共に通電すれば両輪間に高周波電界が形成せられビニール膜内部には誘電体損に依る熱を生じて熔着縫合が行われる。而してローレツト作用により滑りを生ぜずビニール膜は送出せられる。

高速度に運転するも膜は甲乙両輪間の矩形面積接触により甲乙両輪間を通過するに要する時間だけ充分なる通電時間を得られる為良好なる熔着縫合が行われる。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例